杞憂

「京一郎、次の水曜日だが夜会へ出席することになった。その日はお前の勉強を見てやることは出来ない」
「夜会、ですか……」
その単語を耳にした瞬間、京一郎は無意識のうちにぴくりと眉を顰めてしまう。
館林が久し振りに出席した夜会に、皇道派の将校達が乱入し、騒動が勃発したことは、また記憶に新しい。だからあの時と同じことが起こるのではないか、と懸念してしまうのは仕方のないことだろう。
するとそんな京一郎の心配を察したのだろう、館林は、ふっと口元に笑みを浮かべる。
「主催者は先日と同じ西園寺公爵で、場所も招待客も変わらない。……御自身の開催された夜会を台無しにされたので、改めて仕切り直しをしたい、とのことだ。今度は警備も万全にすると候は仰っておられた。お前が心配するようなことは何もない」
「わかりました。ですが、くれぐれもお気を付けて下さい。いつでも駆けつけられるように準備を整えておりますので、有事の際は必ず私を呼んで下さいね」
「ああ、もちろんだ。その時は誰よりも頼りにしている」
そう言って、館林は大きな手でするりと京一郎の?を撫でてくれるから、青年はほんのりと?を朱に染めてしばしその手の温もりに浸る。
――嬉しい。
この方が、自分を頼ってくれることが。危険に巻き込んでくれることが。もう自分のことを、『守りたい存在』ではなく『共に困難に立ち向かう存在』として認識してくれた何よりの証拠だから。その隣に並ぶ日はまだまだ遠いけれど、これからも恋人のために全力で尽くそうと、改めて決意を固める。
――夜会とは、どのような場所なのだろう。
早風と共に会場へ飛び込んだ時には、その場は完全に将校達が支配し、緊迫した空気が流れていたため、その様子を伺い知ることは出来なかった。一介の学生で、爵位も何も持たぬ京一郎は夜会に出席した経験もなく、その単語を聞くと様々な想像を巡らせてしまうのだ。
煌びやかな衣装を纏った、美しい男女。
ホォル全体に流れる、優雅な音楽。
時にグラスを片手にお喋りに興じ、時に音楽に合わせてダンスを踊る。とても華やかな場であることは間違いないだろう。
きっとこの方も、美しい御婦人に声を掛けられてダンスを踊るのだろうな――そこまで考えたところで、ちくり、と胸に小さな痛みが走る。悔しがっても、羨んでも、どうすることも出来ないのに。
その感情を無理やり掻き消すために、京一郎は精一杯の笑みを浮かべて口を開く。
「有事など起こらぬよう、祈っております。ですから、夜会を楽しんできて下さいね。帰ってきたら、是非様子を話して聞かせて下さい」
そうして恋人を機嫌良く送り出すことが、今の自分がすべきこと。
懸命に己自身に言い聞かせていると、ふと何かを思い出したと言わんばかりに、館林が小さく口を開く。
「楽しむ、と言っても、出席者は政財界の重鎮や我々のような軍人ばかりだ。ただの情報交換の場に過ぎない。お前の想像しているような場ではないぞ」
「え!?夜会というのは華やかな社交の場だと、以前、伯父から聞いたのですが……違うのですか?」
「このきな臭い情勢で、夜会に御婦人を同伴させる者など、まずいない。先日も、女性の出席者は一人もいなかったぞ。……敵を倒すことに集中し過ぎて、気付かなかったのか?」
「……申し訳ありません。全く見ていませんでした」
貴方のことが心配でたまらなかったからです、という一言は飲み込んで、素直に答える。すると館林はどこか呆れてような、けれど嬉しそうに目を細め、また軽く、京一郎の?を撫でる。
「あの時の動きは、実に見事だったからな。公も、お前のことをとても褒めていた」
「ありがとうございます。……あの、それで、夜会に女性が不在、ということは……その、ダンスを踊ることは、ない、のですか?」
「ああ、もちろんだ。だからお前が危惧するように私が女性の手を握り、その身を引き寄せてダンスを踊ることなど決してないぞ、京一郎」
「! なっ、どうしてそれを御存知なのですか!?」
「あの日、馨から聞いた。全く、おかしな心配をするな、お前は」
驚愕して目を見開く京一郎を余所に、館林は愉しそうに笑みを浮かべたまま手を滑らせ、京一郎の顎を掴む。そして親指で、ゆっくりと唇を撫でられると、それだけで鼓動が速くなっていく。
「ダンスになど興味はないし、女性から声を掛けられることはあるが、いつも断っている。……例え僅かな時間であっても、お前以外に触れたくはない」
「館林、様……本当に、どなたともダンスを踊られないのですか?」
「ああ。気になるなら馨に聞いて……いや、違うな。私自身に直接聞け。お前になら、全て教えてやる」
そう言うと、館林は顔を近付けてくるから、合わせて京一郎も目を閉じる。
直後に触れた唇は、常よりも温かくて、優しくて。京一郎もまた、自ら顔を寄せてさらにその感触を味わう。ゆっくり、じっくりと。
こんなに優しく誠実な口付けをしてくれる方が、自分に嘘など吐くはずがないと、確信を得るまで、ずっと。


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ワンドロお題「ダンス」にちなんで書いたお話です。
…が、当時ワンドロタグを間違えて記載してしまったので恐らく読んだ方は少ないかと(汗)。

「帝都擾乱」直後、再び夜会に招かれた館林様のことを心配しつつも
夜会に対して別の不安を抱く京一郎と、それを一瞬で吹き飛ばしてしまう館林様のお話です。








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